同情するなら応援をくれ。

プリンセスのひとりごと〜ココアタイム〜

ある年の1月に、父親が
脳の中の血管の手術することになって

父親は、私を含め
家族やその他の人に
「同情」を求めていた。

おみくじを引いたけど

「凶が出た。」

とか言ってた。

一方、その年のお正月
私は「大吉」が出たんだ。

だから私は父にLINEで

「私は大吉が出たから、半分あげるね」

って言ったのに!!

父親からは
なんか、ろくな返事もなかったんだよ。

というか
期待したような返事じゃなかった、
ってことなんだと思う。
(父に言ったことは覚えてるのに、返事の内容はもう記憶が曖昧😅)

無事に手術は成功したし
もうその後10年以上健康に生きてるんだけども
(ま、「僕かわいそうでしょ?」って言ってくる人に限って長生きするもんなw)

私はその頃、実は
父親の手術なんかどうでもよくて
(医者に任せとけばいいやん。心配してどうなるん?どうせ成功するだろ?と思ってた)

私は絶賛失恋中だったんだ。

だから本当は、せめて母親には
(久々の帰省だし)
慰めてもらったり、したかった。

病院で手術が終わるのを
待ってた時に

私は失恋のことがどうも
気持ちの整理がつかなくて

ファッション雑誌を読んでたんだけど

読んでる最中に
父親の姉が来て

私を

「え、こんな時に雑誌・・・?」
みたいな顔で見てきた。

なんも知らんくせに!と思った。

(この叔母に対して「なんも知らんくせに!」と思ったことはあと1回ある。また書くと思う。)

おそらく父親の家庭は
父親を甘やかしてたんだと思う
(4人兄弟の一番下だし)。

「かわいそうかわいそう、ヨシヨシ」ってして
それをあたかも愛情であるかのように
捉えてたんだろうな。

(そして今も、愛情だと思い込んでる)

就活がうまくいかなかった時や
東京で暮らすのはお金がいるよねって話した時も

父親に何度も

「かわいそう」

って言われた。

「かわいそう」って同情するくせに
私の話を聞いて
気持ちを受け止めてくれたりは、しなかった。

そしてもちろん

私が一番欲しかった

「えりちゃんなら、できるよ」

という言葉は、両親どちらからも、なかった。

(友達や先輩からは、そう言われたけどね❤️)

「かわいそう」で終わる人って

いいひとぶってるだけ。ただのいい子ちゃん。見栄はり。

「私はこの子の話きいてあげた♪よし、まる!」って

自分をいい人だと思いたいだけ。

「私はこの子にいいことしてあげた♪よし、まる!」って。

両親がそのタイプ。

ドラマ「家なき子」を見てた頃。

私は3歳、4歳ぐらいだったと思う。

「同情するなら金をくれ!!!」

と叫ぶ女の子がいて
彼女は首からがま口ザイフをぶら下げている。

私は、小さい子供なりに
なんとも言えない悔しい気持ちに
なってた気がする。

(そういうなんとなくの記憶が、「体」に残ってる。)

「かわいそう」だけじゃなくて

「この子に何かしてあげたいのに、私は視聴者だからできない!!!」

って悔しくなってた気がするんだ。

「人魚姫」の絵本を見ていた時も同じ。

人魚姫のやったことを
横取りする別のプリンセスがいて

私はそいつが憎らしくて
ボールペンで
ぐちゃぐちゃに塗りつぶした。

人魚姫に、幸せになって欲しかったのに
なんで泡になっちゃうんだよ・・・

あいつが悪いのに!!なんで??

助けたかった。

これらのエピソードを思い出して

「あ〜やっぱり父親ってジャガイモだな(母親も!)」とか

「あ〜あの登場人物、ジャガイモ女子だったな」とか

そういう悪口で終わるんじゃないんだよ。

私って本当に本当に本当に
愛が大きい人間なのでは?

そう気づいたってこと。

それに気づいたからこそ
その愛を、まずは自分に向けていく。

ジャガイモ人間(「怖さ」故に、愛を意地でも受け取らない人)に
これ以上、渡さない。

「かわいそうな私」は自作自演の幻!プリンセスが母親のお気の毒ポーズを完全クビにして充足で生きる方法💞
👑プロローグ:「させられてる笑顔」は完全クビ!私が私の世界を可愛くする絶対統治アロハー!!アクアパレスの水の女神🐬💞えりちゃんです🧪 ✨この前ね絶賛イヤイヤ期中の娘ちゃんが保育園に行き渋る現実を目の前…

同情は、愛情ではない。

私は「応援」ならできるし
それならやりたい。

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